A blue human-shaped point in deep forest

「………この辺でいいか」

そう呟いて、俺は１本の木の根元に腰を下ろした。
ケーブルカーの駅から伸びた遊歩道を適当にそれて、誰も踏み込み
そうもない森の中を突き進むように歩いて、どれ位経っただろう。

辺りは人の気配など全くない。時折聴こえる鳥のさえずりと、
木が放つ独特の気のようなものが漂うような、そんな音しか
耳に入ってこない。
陽がだいぶ高く上ってきた。
夜明け近くに家を出てから、一度も時計を見ていない。
腕時計も携帯電話も置いてきた。道すがら時計などいくつでも
見ることはできた。
だが、今何時なのかなど、俺にはもうどうでもいいことだった。

幹に背をつけ、足を一直線に投げ出してみる。
そのまま大きく腕を伸ばしてみた。
いつも家で普通にしていた動作なのに、この時はなぜか特別に
気持ちがよかった。
ゆっくりと目を閉じる。瞬間、耳と鼻が少しだけ敏感になる。
鳥のさえずりと木の呼吸の他に、かすかな音が次々と耳へ入ってくる。
そんな雑音たちがやがて遠くに聴こえて、少しずつ意識が薄れていく。

「はっ！」

あわてて目を覚ます。「こんな時」に眠っている場合じゃない。
俺はポケットをまさぐった。無意識のうちにタバコを捜していた。
タバコも全て家に置いてきたことも、すぐに思い出した。
タバコを吸うかわりに、口に手を重ねてみた。
それから手をこめかみから頭へ這わせ、意味もなく髪の毛を
かきむしってみたりした。
本当に何の意味もない行為だ。
そんなことをひとしきり終えて、俺はもう一度目を閉じた。


目を閉じて、なぜ俺はここへ来てしまったのかを、
できるだけ冷静に考え始めた。